立命館大学には学外研究制度があり、テニュアをもった専任教員であれば1年間、助教であれば6ヶ月間を上限に大学外で研究を行うことができます。いわゆるサバティカルというやつですが、専任教員は数年間の勤務実績がなければ応募できないのに対して、助教の場合は雇用されたその年から当該制度への応募ができます。普通は助教でも数年間勤務した後に応募するのだと思いますが、私は、「とりあえずだしてしまえ」と働き始めたその年に応募をしました。私は2014年から立命館大学にて働き始めましたが、入って3ヶ月もしない6月くらいから応募書類の準備を始めました。落ちたら来年出せばいいやという考えからです。

結果的に1年目という早い段階で応募したことが良かったのか悪かったのかはわかりません。以下にいくつか良いことと悪いことを整理してみます。

  • 悪いこと
    • 準備時間がない
    • 周りに白い目で見られる
  • 良いこと
    • 学外研究は良い経験になるので早いうちに経験できる
    • 提案書をまとめることで研究のプラニングができる

悪いこと

まずは悪いことから検討してみましょう。

準備期間がない、というのは致命的とも言えます。これについては独立してpostを書こうと思いますが、 学外研究の準備で最も重要なのは受け入れ先を探すことです。提案書では通るかわからないのに次の年の4月か、10月からの学外研究において受け入れ先の内諾は得ているかを記入する必要があります。お金の目処もついていない国外からの研究者に対して「いいよ」と受け入れる機関がどこにあるでしょうか。学外研究の書類の締切は7月末。大学に所属して数ヶ月でそのような所属先を探すことはかなり難しいでしょう。

周りに白い目で見られる。これは私にとって慣れていることだから特に問題はありませんでした。ただ、やはり「コイツは入ったばかりなのにもう外に出て行く気か」と思われるのは当然だと思います。助教が雇用されるのには、やはり学内の仕事をある程度やってほしいということもあるので、当てが外れたというのもあるかもしれません。ここでケアすべきは直属のボスです。例えば、私の場合、ボスが立命館のもつ海外の講座で講義を行うときのサポートというのが仕事の一つでした。ボスと話し合いをして、少なくともその時期を避けるということは必要でしょう。

良いこと

次に良いことを検討します。

行ってからわかったことなのですが、学外、とくに国外で研究するという経験はさっさとしておいたほうが良いと思います。海外のトップレベルのラボがどのように研究に取り組んでいるのかということを理解することは、研究者としての人生に少なからぬ影響を与えることになると思います。少なくとも私は日本で行われている研究とこちらで行われている研究、特にどのように論文としてまとめるかという点について日本の強みや弱みを理解(いいすぎかも)することができました。

このような経験は、すごく頭のいい人でないと、外に出てみないとわからないのではないでしょうか。論文を読むことによって、考え方の違いというものは理解できるかもしれません。ただ、そのような違いがなぜあるのか、という背景を研究活動を共にすることによって理解でき、さらに深い洞察が可能になります。

提案書をまとめることで研究のプラニングができるというところは、論文を書くと、次に何をすべきかが見えてくることに近いと思います。最近意識していることにアウトプットがインプットになるということがあります。なにかを吐き出して、それを内省的に捉えることによって、自分自身の考え方を先鋭化することができます。学外、特に海外で研究することを具体的に提案書という形でまとめることによって、自身の研究の可能性を広げることができる気がします。