在外研究を行う研究機関をえらぶのは、それなりに難しいものです。難しい理由は人それぞれですが、例えば、「海外に知り合いがいない」だとか、「行きたいところが企業なので、受け入れが難しい」、あるいは、「選択肢が多すぎる」などがあるでしょう。私にとっての選択肢は応募時点でいくつかありました。そしてそのうちのいくつかは相手の都合で選択肢から消えました。
- Open Lab, Newcastle University, UK
- Media Lab, MIT, US
- Microsoft Research
- Google, US
- British Columbia University, Canada
Open Lab
Newcastle UniversityのOpen Labは私が最終的に滞在を決めた研究機関です。Patrick Olivierが全体を取りまとめています。以前はCulture Labというラボだったのですが、さらに独立をしてOpen Labになったようです。Culture Labも同様ですが、大学からは一つの独立研究機関として存在しているようで、ラボが一つの研究棟を持っています。総勢120人を超える大所帯で、7人のFacultyを中心としたスタッフがこれを率いています。
Open LabではHCIやUbiquitous Computingに関する研究を中心に活動しており、様々なバックグラウンドを持った研究者が集まっています。ここでは、コンピュータ科学はもちろんのこと、数学、心理学、社会科学、哲学などの研究者がそれぞれに補い合ってプロジェクトを進めています。HCIに関する研究機関では世界でも有数のラボと言え、世界最大の国際会議であるCHIの採録数はCarnegie Mellon UniversityのHCIIと双璧をなす存在です。
私はこのラボ自体に興味を持ったというよりは、このラボのReader(日本で言うところの准教授)であるDavid Kirkという研究者の論文を読んで、これは良い論文だなと感じたのが最初です。
彼のことは論文で、かつ、一方的にしか知りませんでした。しかし、偶然というものはあるものです。私は情報処理学会の研究会であるユビキタスコンピューティングシステム研究会の運営委員をしています。私は、ある運営委員会後にOpen Labのウェブページを見ていたのですが、そのときに隣りに座っていたのが豊橋技術科学大学の大村さんでした。大村さんはNewcastle Universityで滞在研究をしていたと聞いたので「そういえば、大村さんはNewcastle Universityに行かれてたんですよね。どのラボにいたんですか?」と何気なく聞いてみたら、「Culture Lab (現在のOpen Lab)ですよ。そのページの。」との回答。Dave (David Kirk)のことも知っているということだったので、メールで紹介してもらう約束をしたのです。その後、Daveとメールをやり取りして、いい感触だったので、最終的にSeoulであったCHI2015において顔合わせとミーティングをしてトントン拍子(実はあんまりトントンでもないんですが)にOpen Labにて滞在研究をすることになりました。
ちなみに、Open Labで滞在研究をすることは当初の学外研究制度の提案書には書いてありませんでしたので、これを訂正する必要がありました。こんな簡単に訂正できるのなら、最初はいい加減にかいておいても良いんじゃないか… という気もするのですが、それはまた別の話。
Media Lab
マサチューセッツ工科大学(MIT)のMedia Labはやはりコンピュータ科学・工学系の人間にとっては一つの大きな存在です。ボストンという環境の良い町で、世界最高レベルの研究者と一緒に研究ができれば、それは大きな経験になると思います。しかし、結果的にMedia Labは私の選択肢から消えました。
私は、Media LabでもAlex `Sandy’ PentlandのHuman Dynamicsグループに興味を持っていました。私がB4のときに最初に読んだ英語論文はTanzeem Choudhuryと彼のSociometerというプロジェクトに関する論文、Sensing and modeling human networks using the sociometerでしたし、私はグループにおける人間の関係性、Multi Person, Multi Modalというものにも強い興味を持っていますから、このグループで研究ができればと考えました。
なぜ選択肢から消えたかといえば、向こうの受け入れが期待できなかったからです。それは私が、向こうにとって魅力的な人材でなかったのかもしれませんし、たまたま運が悪かったのかもしれません。Sandyとは彼が京都賞の講演で日本に来たときに名古屋大学の間瀬さんの紹介でご飯をご一緒しましたし、そのときに私の研究についてもピッチさせていただきました。その後メールでの連絡をして受け入れてもらえないかと打診をしたのですが、それに返信はありませんでした。
Media Labはスポンサーの意向が強いところで、スポンサー企業からの派遣の研究者を何名か受け入れることがあります。その場合スポンサーのない機関からの受け入れが難しくなることがあります。一方、研究室によっては、優秀な兵隊として大量の滞在研究員を受け入れるところもあるようです。どうしてもMedia Labで研究がしたいというときは、とりあえず連絡をとってみるというのは一つの方法です。また、日本にも滞在研究をされていた人が多くいますので、コネクションを使うというのも有効でしょう。
Microsoft Research
Microsoftの研究機関であるMicrosoft Researchはアメリカやイギリス、中国などに研究所があります。コンピュータの巨人Microsoftらしく、そこでは世界の先端をいく研究が行われています(ノーベル賞受賞者も輩出しています)。そのうち、私が興味を持ったのはRedmondとAsiaです。
Microsoft Research RedmondにはEric Horvitz、Dan Bohusという研究者がいます。彼らは私が興味を持っているSituated Interactionというキーワードに非常にマッチする研究を進めています。彼らには、マイクロソフトの知人を介してコンタクトを試みたのですが、私がやろうとしていることは今は取り組んでいないそうで、受け入れできないという旨を告げられました。
Microsoft Research AsiaにはXing Xieという研究者がいます。彼は、どちらかと言えばデータマイニングなどに興味があるようです。例えば大量(3万台)のタクシーにセンサーを付けて、街の状態を把握する… みたいなプロジェクトをやっています。私は、自動車と街のインタラクションの研究でXing Xieと共同研究をしていました。このときに滞在を打診したときは二つ返事でOKという感じでした。結果的には、Microsoft Research Asiaで滞在研究をすることにはなりませんでしたが、なんらかの共同プロジェクトを今後やってみたいとは考えています。
一方で、企業で滞在研究をするというときには難しいことがでてきます。先述の知人の話によるとMicrosoft Researchの場合、基本的に滞在研究の場合は、知財等の関係上でリサーチグループの予算で給料を支払う形でVisiting Researcherとして研究を行う事になるそうです。このような問題をクリアすることが必要になってきます。コネクションや研究課題の問題だけでなく、このような問題が絡んでくると厄介です。
Googleはアッサリです。GoogleのATAPはIvan Poupyrevという研究者が率いています。彼は広島大学で学位を取り、その後もSony CSLなど日本の研究機関で研究をしていたこともあり、日本人の知り合いも多いのです。アッサリの理由は「ATAPでヒミツのことやってるから今はムリ」ということでした。タイミングが合えば、企業での滞在研究も楽しそうですね。
British Columbia University
カナダのBritish Columbia Universityはバンクーバーにあり、大変立地がすばらしいです。バンクーバーは住みやすく、アメリカのシアトルにはチョット足を伸ばせば行けます。シアトルにはWashington UniversityやMicrosoft Research Redmondがあるので、アポを取って遊びに行く… なんてこともできるかもしれません。また、私が勤める立命館大学との連携が深く、立命館大学の施設があるそうです。
British Columbia UniversityにはSidney Felsという研究者がいます。彼は日本で研究していたこともあり、私の今のボスと前のボスの知り合いです。私にとっては行くところが決まらなかったときの最後の砦として考えていました。とても優れた研究もしているのですが、私の直接の興味とは外れていました。最終的にOpen Labに行くことになり、連絡を取ることはありませんでしたが、是非訪れてみたい研究室です。